展示会詳細
紋織の衣裳/三線と工工四
会期:2023-03-31(金) ~ 2023-04-24(月)
特別展示室では、毎月「国宝 琉球国王尚家関係資料」の美術工芸資料および文書資料をとおして、琉球国王尚家の歴史と王国時代の遺物をご紹介しています。
今月は尚家資料から、紋織の衣裳を紹介します。
沖縄では、花織、ロートン織、絽織、紗織など、様々な紋織物が織られています。これらの織物がいつ頃から沖縄で作られるようになったのか定かではありませんが、周辺の中国、台湾、インドネシア、フィリピンなどの東南アジアの国々に同じような織物技術があることから、王国時代にこれらの国々と交易することにより技術が伝わり、沖縄に定着したと考えられています。
尚家資料には織物の衣裳が15点あり、その内5点が紋織の衣裳です。いずれも厳選された素材を使用し、高度な技術を駆使した紋織の衣裳となっています。
調度品は、先月から引き続き、当館所蔵の三線(さんしん)や工工四(くんくんしー)をご紹介します。
三線は14~15世紀頃に中国から伝わったといわれています。琉球では、海外からの賓客をもてなす場で演じられる歌舞音曲を担当するのは士族男子であったため、士族の教養として三線の習得が奨励されました。近代以降庶民の間にも広く根付き、人々の生活に切っても切り離せないものとなっています。
三線はその後日本へ伝わり三味線となりました。胴の部分には元々紙や皮が貼られていましたが、琉球ではニシキヘビの皮が貼られています。
今回は当館所蔵の5丁の三線と胡弓をご紹介します。
文書資料もさんしんの日にちなみ、尚家に伝わる工工四や平親雲上朝彬の文書などをご紹介します。
川平親雲上朝彬(ちょうひん)は、最後の琉球国王尚泰に仕え、琉球音楽の大家である野村親雲上安趙(あんちょう)に歌・三線を師事しました。
朝彬は尚泰の命により工工四を献上しますが、作成するにあたって離島の民俗音楽も収集したといわれています。
今回展示する川平家資料は、「「歌道要法(かどうようほう)」、「琉歌言葉之仮名綴見合(りゅうかことばのかなつづりみあわせ」、「三線四種之調子音調之次第 外」で、これらはその時の収集資料と思われます。
王国時代の貴重な記録と、精緻な美術工芸品をぜひご覧ください。