展示会一覧
空色地の紅型衣裳/王家の宝剣
特別展示室では、毎月「国宝 琉球国王尚家関係資料」の美術工芸資料および文書資料をとおして、琉球国王尚家の歴史と王国時代の遺物をご紹介しています。
今月は、尚家資料から「空色地の紅型衣裳」をご紹介します。
王国時代の紅型衣裳は、白地、黄色地、紅色地など様々な地色がありますが、涼やかな水色地(空色地)の衣裳も数多く残されています。
青色の原料となる藍(あい)は、染める回数によってごく薄い水色から濃紺まで、様々な青色を染めることが出来ます。
藍染めには、本土では蓼藍(たであい)が多く使われますが、琉球では琉球藍、蓼藍、インド藍など複数の藍が使われました。
中でも亜熱帯気候の中で栽培しやすい琉球藍が最も多く利用されました。琉球ではこの藍で、浅地(水色地)や紺地の衣裳が作られました。
調度品は、「王家の宝剣」と題して、当館所蔵の刀剣を三振同時に公開します。
尚家伝来の刀剣は三振あります。
山北王が中山王との戦いで敗北し、自害した伝説のある「号 千代金丸」。
宮古島の領主が尚真王に献上したとされる「号 治金丸」。
王府との関わりの印を刻した「号 北谷菜切」など、いずれも尚家王統の伝承に彩られた宝刀です。
千代金丸や北谷菜切の鞘や鍔などは琉球製ですが、刀身はいずれも日本製とされています。
文書資料も、『今帰仁グスクと山北監守』と題し千代金丸と縁の深い今帰仁城に関する古文書をご紹介します。
「中山世譜(祭温本)」、「尚姓家譜(具志川家)」、「喜安日記」の文書を展示しています。
※「王家の宝剣」は10月30日(月)まで
【2023年度常設展②】王朝文化と都市(まち)の歴史
常設展示では「王朝文化と都市(まち)の歴史」をテーマに士族の履歴を記録した家譜や、首里王府の行政文書、美術工芸品を通して、中世~現代の首里・那覇の歴史と文化を紹介しております。
今回は、崎山御嶽遺跡や渡地村跡で発掘された遺物、士(サムレー)の一生に関する文書や衣裳、尚家の東京邸に関する資料や那覇港に関する資料、戦時体制~沖縄戦~戦後の復興に関する資料など、さまざまな資料をご紹介しています。
9月~10月の展示ということで、10月7~9日に開催される那覇大綱挽に合わせて「那覇四町綱之図」や戦前の写真も多数展示しています。
そして沖縄戦に関する展示では、10・10空襲関係の資料をご紹介します。
また、薩摩侵入時に琉球側の和睦交渉役を務めた名護良豊の墓標も展示します。墓標にはひらがなも刻まれ、古琉球期の雰囲気も残しています。
こちらはおそらく初めての展示となります。
この機会にぜひご覧ください。
王家の芭蕉布/黒漆と螺鈿の漆器
特別展示室では、毎月「国宝 琉球国王尚家関係資料」の美術工芸資料および文書資料をとおして、琉球国王尚家の歴史と王国時代の遺物をご紹介しています。
今月は、尚家資料から「王家の芭蕉布」をご紹介します。
芭蕉(ばしょう)はバショウ科の植物で、東南アジアに広く分布しています。幹のようにみえる葉脈部分の繊維から糸を作り、織り上げたのが芭蕉布です。
琉球王国時代、芭蕉布の衣裳は王家、士族から庶民まで幅広い層で着用されていました。
士族の男性は、首里城登城の際の正装衣裳として黒い芭蕉布の衣裳を身に付け、庶民は年間を通じて目の粗い芭蕉の生成り色の衣裳を着用しました。一方で王家では、黄や赤など様々な色に染め、絣(かすり)模様や浮織(うきおり)模様をほどこした華やかな芭蕉の衣裳を着用しました。
調度品は、先月に引き続き「黒漆と螺鈿の漆器」をご紹介します。
琉球王国時代、漆器は中国や日本へ琉球の威信を示す献上品であり、王国の経済基盤を支える重要な工芸品でした。王府は貝摺奉行所(かいずりぶぎょうしょ)を設置して生産管理を行い、その高度な品質を維持しました。
琉球での漆器製作は15世紀頃から始まり、螺鈿(らでん)、箔絵(はくえ)、沈金(ちんきん)、堆錦(ついきん)など様々な技法が発達しました。
中でも螺鈿製の漆器は、材料であるヤコウガイが琉球の近海で手に入る事もあり、17世紀頃から盛んに作られるようになりました。大きな貝片をふんだんに使った豪華な螺鈿漆器は、中国皇帝へも献上され、北京故宮博物館には現在でも螺鈿の琉球漆器が多数保管されています。
文書資料も先月に引き続き、中国との交流に関する文書と、尚泰の葬儀に関する文書をご紹介します。
王国時代の貴重な記録と、精緻な美術工芸品をぜひご覧ください。
鳥が描かれた紅型衣裳/黒漆と螺鈿の漆器
特別展示室では、毎月「国宝 琉球国王尚家関係資料」の美術工芸資料および文書資料をとおして、琉球国王尚家の歴史と王国時代の遺物をご紹介しています。
今月は、尚家資料から「鳥が描かれた紅型衣裳」をご紹介します。
紅型の文様に登場する鳥には、鳳凰(ほうおう)、尾長鳥(おながどり)、鶴(つる)、燕(つばめ)などがあり、今回展示している衣裳には、尾長鳥(おながどり)と燕(つばめ)が描かれています。
尾長鳥(おながどり)は「明(あ)けの鳥」とも呼ばれ、夜明けに鳴き声で一日の始まりを告げる高貴な鳥とされています。燕(つばめ)は南から渡って来て春の訪れを告げる鳥で、番(つがい)で雛鳥を育てることから、子宝や夫婦円満の象徴ともされています。
いずれも縁起の良い吉祥(きっしょう)文(もん)として知られている鳥で、色とりどりの鳥たちが衣裳の中を生き生きと飛び交う様子が描かれています。
調度品は、黒漆と螺鈿の漆器をご紹介します。
琉球王国時代、漆器は中国や日本へ琉球の威信を示す献上品(けんじょうひん)であり、王国の経済基盤を支える重要な工芸品でした。王府は貝摺奉行所(かいずりぶぎょうしょ)を設置して生産管理を行い、その高度な品質を維持しました。
琉球での漆器製作は15世紀頃から始まり、螺鈿(らでん)、箔絵(はくえ)、沈金(ちんきん)、堆錦(ついきん)など様々な技法が発達しました。
中でも螺鈿(らでん)製の漆器は、材料であるヤコウガイが琉球の近海で手に入る事もあり、17世紀頃から盛んに作られるようになりました。大きな貝片をふんだんに使った豪華な螺鈿漆器は、中国皇帝へも献上され、北京故宮博物館には現在でも螺鈿の琉球漆器が多数保管されています。
※調度品は9月4日(月)まで
絵図で探検 なはのまち
琉球王国時代の首里・那覇は赤瓦の屋根がひしめく活気にあふれたまちでした。
他にはみられない独特の美しいまちなみが形作られましたが、沖縄戦による破壊によって失われ、残念ながらいまでは見ることはできません。
しかし、当時のまちなみや人々のいきいきとした暮らしぶりは絵図に描かれて、いまに伝わっています。
この企画展は、絵図をひも解くことで、私たちが目にすることができないかつての「なはのまち」を探検してみようというものです。
御絵図(みえず)柄の衣裳/美御前御揃~王家の御道具
特別展示室では、毎月「国宝 琉球国王尚家関係資料」の美術工芸資料および文書資料をとおして、琉球国王尚家の歴史と王国時代の遺物をご紹介しています。
今月は、尚家資料から御絵図(みえず)柄の衣裳をご紹介します。「御絵図」とは、王国時代に描かれた織物の絵図(デザイン画)のことです。
王家が使用する織物を久米島や宮古、八重山に発注する際にこの絵図が使用されたといわれ、王国時代の織物デザインを伝える貴重な資料です。
尚家に伝来した「御絵図帳」には、様々なデザインの絵図が貼り付けられています。
また、尚家に伝来した衣裳には、この絵図を参考に織られたとみられる絣の衣裳が数点あります。いずれも、王家ならではの鮮やかな黄色地に、経緯絣が巧みに配置され、琉球の絣織物の美しさが存分に表現されています。
調度品は、先月に引き続き「美御前御揃」をご紹介します。
美御前御揃(ヌーメーウスリー)とは、琉球国王と王族が、首里城のプライベートな生活の場にあたる御内原(ウーチバラ)で正月や祝日などの祝宴に用いたとされる、琉球の特徴的な道具揃の事です。
中央に金・銀器、右に御籠飯(ウクファン)、左に御玉貫(ウタマシチ)を配し、それぞれを高い脚付盆に据えます。中央の金杯は国王だけが使用しました。当館では、記録に基づき尚家伝来の器物を組み合わせて往時の「美御前御揃」を復元しています。
これらの器物は、意匠や技法が微妙に異なることから、同時期に製作されたものではないと見られ、補充などを経て現在の形になったと考えられます。
文書資料は、尚家資料より即位に関する資料として「尚育様御元服日記」、「尚育様御即位日記」、「冠船御礼式日記」、「尚泰様御即位日記」、「尚泰様御元服御草紙」、「冠船御礼式日記」をご紹介します。
王国時代の貴重な記録と、精緻な美術工芸品をぜひご覧ください。
ロイヤルカラーの黄色地衣裳/美御前御揃~王家の御道具
特別展示室では、毎月「国宝 琉球国王尚家関係資料」の美術工芸資料および文書資料をとおして、琉球国王尚家の歴史と王国時代の遺物をご紹介しています。
今月は、尚家資料から「ロイヤルカラーの黄色地衣裳」をご紹介します。
琉球では、黄色地は「チールジー」とよばれ、王家のみが使用できる格の高い色として特別な意味を持っていました。
輝くばかりの鮮やかな黄色は、石黄(せきおう)という高価な輸入色材や、鬱金(うこん)、黄檗(きはだ)などの染料で染められました。
また、布地は、上質な苧麻(ちょま)や芭蕉の他、絹の縮緬(ちりめん)や、中国から輸入された地紋の入った絹織物など、選りすぐりの高級な素材が使われました。
これらの黄色地の衣裳は、王国の公式行事の衣裳として、特別な場面だけに着用されたといわれています。
調度品は、「美御前御揃(ヌーメーウスリー)」を展示します。
美御前御揃(ヌーメーウスリー)とは、琉球国王と王族が、首里城のプライベートな生活の場にあたる御内原(ウーチバラ)で正月や祝日などの祝宴に用いたとされる、琉球の特徴的な道具揃の事です。
中央に金・銀器、右に御籠飯(ウクファン)、左に御玉貫(ウタマシチ)を配し、それぞれを高い脚付盆に据えます。中央の金杯は国王だけが使用しました。当館では、記録に基づき尚家伝来の器物を組み合わせて往時の「美御前御揃」を復元しています。
これらの器物は、意匠や技法が微妙に異なることから、同時期に製作されたものではないと見られ、補充などを経て現在の形になったと考えられます。
文書資料は、尚家資料より即位に関する資料として「尚育様御元服日記」、「尚育様御即位日記」、「冠船御礼式日記」、「尚泰様御即位日記」、「尚泰様御元服御草紙」、「冠船御礼式日記」をご紹介します。
王国時代の貴重な記録と、精緻な美術工芸品をぜひご覧ください。
※「美御前御揃(ヌーメーウスリー)」は7月3日(月)まで
【2023年度常設展①】王朝文化と都市(まち)の歴史
常設展では「王朝文化と都市(まち)の歴史」をテーマに士族の履歴を記録した家譜や、首里王府の行政文書、美術工芸品を通して、中世~現代の首里・那覇の歴史と文化を紹介します。
5~6月は特集展示として「沖縄戦」関連資料を展示します。
沖縄戦前夜として、国家総動員法や大政翼賛会に関する資料と、「銃後を守った女性」と題して、大日本愛国婦人会関係の資料をご紹介します。女性たちが中心となって、出征兵士に送られた「千人針」は今回初の展示となります。
さらに沖縄戦に関する展示では、出土された兵器や、国民服やもんぺなどをご紹介しています。
終戦後は、物がない時代に飛行機の部品や薬きょうなどで作られた日用品、米軍のパラシュートを使って作られたウェディングドレスや、キリスト教の神父ウィリアム・ハイオ神父が戦争未亡人の生活の糧にと、織り方を指導し広まった、ハイオ花織の着物もご紹介します。こちらも今回初の展示です。
その他、琉球王国時代の首里城の整備や士族に関する資料や文書、上流士族の衣裳や、琉球処分から沖縄県の始まりに関する尚家資料、復帰前後の沖縄の観光、復帰の総仕上げと言われた730(ナナサンマル)交通法変更についての資料をご紹介します。
また、5月3~5日に4年ぶりに行われる那覇ハーリーに合わせて、爬龍船が描かれた「爬龍船の図」や尚家に伝えられた爬龍船の模型、旧暦5月4日に行われるユッカヌヒーに子どもたちが買ってもらえた張り子玩具なども展示しています。
盛りだくさんの常設展をぜひご覧ください。
2023年度 国宝「玉冠」春季特別展示
国内に唯一残る琉球国王の「玉冠」を、期間限定で特別公開します。
「玉冠」は、皮弁冠(ひべんかん)やタマンチャーブイとも呼び、琉球国王が即位儀礼である冊封(さっぽう)や重要な国内の儀式の際に着用した冠です。
戦前までは尚家にはこの冠とあわせて2、3個の冠が保存されていたとみられていますが、沖縄戦で所在が不明となり、現存している琉球国王の冠は、当館が保管するこの一点のみとなっています。
今回の特別公開は2年ぶりとなります。
年に2回、数十日しか公開しない貴重な資料です。この機会にぜひご覧ください。
紋織の衣裳/三線と工工四
特別展示室では、毎月「国宝 琉球国王尚家関係資料」の美術工芸資料および文書資料をとおして、琉球国王尚家の歴史と王国時代の遺物をご紹介しています。
今月は尚家資料から、紋織の衣裳を紹介します。
沖縄では、花織、ロートン織、絽織、紗織など、様々な紋織物が織られています。これらの織物がいつ頃から沖縄で作られるようになったのか定かではありませんが、周辺の中国、台湾、インドネシア、フィリピンなどの東南アジアの国々に同じような織物技術があることから、王国時代にこれらの国々と交易することにより技術が伝わり、沖縄に定着したと考えられています。
尚家資料には織物の衣裳が15点あり、その内5点が紋織の衣裳です。いずれも厳選された素材を使用し、高度な技術を駆使した紋織の衣裳となっています。
調度品は、先月から引き続き、当館所蔵の三線(さんしん)や工工四(くんくんしー)をご紹介します。
三線は14~15世紀頃に中国から伝わったといわれています。琉球では、海外からの賓客をもてなす場で演じられる歌舞音曲を担当するのは士族男子であったため、士族の教養として三線の習得が奨励されました。近代以降庶民の間にも広く根付き、人々の生活に切っても切り離せないものとなっています。
三線はその後日本へ伝わり三味線となりました。胴の部分には元々紙や皮が貼られていましたが、琉球ではニシキヘビの皮が貼られています。
今回は当館所蔵の5丁の三線と胡弓をご紹介します。
文書資料もさんしんの日にちなみ、尚家に伝わる工工四や平親雲上朝彬の文書などをご紹介します。
川平親雲上朝彬(ちょうひん)は、最後の琉球国王尚泰に仕え、琉球音楽の大家である野村親雲上安趙(あんちょう)に歌・三線を師事しました。
朝彬は尚泰の命により工工四を献上しますが、作成するにあたって離島の民俗音楽も収集したといわれています。
今回展示する川平家資料は、「「歌道要法(かどうようほう)」、「琉歌言葉之仮名綴見合(りゅうかことばのかなつづりみあわせ」、「三線四種之調子音調之次第 外」で、これらはその時の収集資料と思われます。
王国時代の貴重な記録と、精緻な美術工芸品をぜひご覧ください。