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茶湯崎橋跡(チャナザチバシアト)

茶湯崎橋跡(チャナザチバシアト)

 茶湯崎橋(チャナザチバシ)は、旧茶湯崎村(現那覇市松川(まつがわ))を流れる真嘉比(まかび)川に架けられ、王国時代から昭和期にかけて首里・那覇を結ぶ重要な橋であった。橋の創建年は不明だが、1674年に木橋から石橋に架け替えられた。
 かつて、この辺りまで船が遡(さかのぼ)ってきたといわれ、18世紀の政治家蔡温(さいおん)は、その著作「独物語(ひとりものがたり)」で、「茶湯崎に湊(みなと)を造れば、交通の便が良くなり、さらに商船がやってきてこの地で交易ができる。そうなれば首里に住む人々の生活も良くなる。」(原漢文)と記している。
 また、この付近には、妖精の伝承があったため、1519年に日本僧の日秀上人(にっしゅうしょうにん)が橋の北側に碑を建立した。この碑には、梵字が刻まれていたため、「文字も故事も判らない松川の碑文(ムジンクジンワカランマチガーヌヒムン)」といわれ、明治期まで残っていたが、道路整備のために撤去されて現存しない。
 1945年(昭和20)の沖縄戦の後、道路整備に伴い、茶湯崎橋の道は旧道となり、橋の北側を走っていた電車軌道跡(1933年[昭和8]廃止)が新たな県道となった。さらに川筋も変えられたため、橋の位置も移動した。
 なお、王国時代に茶湯崎村付近には「指帰橋(サシケーシバシ)」という橋も架けられていたが、その架設場所は不明である。現在の「指帰橋(さしかえしばし)」は、その名称を受け継いだものである。

所在 那覇市松川2-13-20
分類 地名・名勝
場所 旧真和志
備考 2000年(平成12)4月設置。平成11年度旧跡標示事業。県道29号線「坂下琉生病院前」バス停より南東へ徒歩約2分。ライオンズマンション松川前。