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仲島小堀跡(ナカシマグムイアト)

仲島小堀跡(ナカシマグムイアト)

 泉崎村(いずみざきむら)にあった人工の溜(た)め池跡。
 かつて泉崎村の地先一帯は、久茂地(くもじ)川が漫湖(まんこ)に合流する河口で、土砂が堆積(たいせき)した中州(なかす)は「仲島(なかしま)」と呼ばれ、その後の埋立により陸続きとなった地域である。
 河口(かこう)の水が湾入(わんにゅう)していた所は、17世紀中頃、泉崎村在住の唐人(とうじん)の薦めにより、火難封じの風水として、土俵をもって潮入口を塞ぎ、溜め池(小堀(クムイ))とした。小堀は、王国時代から養魚場として使われ、後に泉崎村の管理地となり、池から上がる収入で小堀の浚渫費(しゅんせつひ)に充てたという(『南島風土記(なんとうふどき)』)。
 仲島小堀では、その後も鯉(こい)や鮒(ふな)が養殖されていたが、昭和初期には埋め立てられ、1937年(昭和12)、埋立地に済生会(さいせいかい)病院が建設された。
 一方、仲島には、1672年に「辻(つじ)」(現那覇市辻一帯)とともに花街(はなまち)が開かれた。歌人として有名な「よしや」(吉屋チルー)は、この仲島で生涯を閉じたとされる。泉崎村から仲島へは小矼(こばし)(仲島小矼)が架けられており、花街への出入り口であった。仲島は、1908年(明治41)に辻に統合・廃止され、小矼も埋立・道路拡張により消失した。
 花街廃止後、埋立により住宅地として発展した泉崎は、沖縄戦後の区画整理により、往時の街並みとは異なった住宅地となった。

所在 那覇市泉崎1-9
分類 地名・名勝
場所 旧那覇
備考 モノレール県庁前駅より南西へ徒歩約4分。県道39号線沿い。沖縄バス㈱本社ビル近く